福冨諭の福冨論

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友達(ときに幼馴染)が恋人になる漫画や小説

最近恋愛漫画を読むようになったのだけど、たぶんこれは老化現象だなと。 いままでは「敵と戦ううちに進展する主人公とヒロインの関係がいいよな」みたいな見方をしてたんだけど「読むの疲れるからそこだけ煮詰めて出してくれ」って感じになっているのではないか。 煮詰めて濃くなったスープを飲んでるのでそれはそれでダメージが大きいのだけど。 で、ある意味当然なのだけど、友達(ときに幼馴染)が恋人になる作品を度々目にするので、今年読んだものを並べてみる。

マジで付き合う15分前

リンクはKindle版で、加筆した紙の単行本がある模様。 2巻の後書きに書いてあるのだけど、家が隣だから仲がいいという関係は永遠には続かなくて、痛みに耐えてでも成長して大人になっていかなければならない、みたいなテーマだと理解してる。 読む方もかなり心が削られると思う。そろそろ完結するらしい。

ねぇ、もういっそつき合っちゃう?幼馴染の美少女に頼まれて、カモフラ彼氏はじめました

もうちょい刃先が丸くなってるけど、やっぱり同じテーマだと思う。 1巻の時点ではまだそんなでもないけど、連載を追ってるとだんだん、ね。 原作でちょっと先読みしてしまった。

親友歴五年、今さら君に惚れたなんて言えない。

すれ違いモノ(=両片想い)だけど1巻完結なので耐えられる。 刃先はかなり丸め。最後まで読むと丸さがよくわかる。

大学一のモテ男くんと女オタクちゃん ほか

たぶん痛みを伴わないジャンル。 幼馴染枠じゃないし、大学生同士や社会人同士だしね。 同じ作者でR-18作品もあるけどはてなブログの規約でリンクしづらい気がするので適当に辿ってほしい。

イノウイノウイノウイノウ

おそらく異能バトル展開になってくので今回のカテゴリじゃないけど、 友達から恋人になるかもしれないし、ならないかもしれない、その微妙な時期からしか得られない栄養もあると思う。(すれ違いモノはジャンル違いな)

また木崎さんは、おれの家で行われる飲み会には昨日も含め概ね参加しており、大体朝方になると帰る皆と一緒に家を出て、どこかのコンビニに寄ってからうちに戻ってくるのが習慣になっていた。 (略)木崎さんはおれに好意があるとし、以降はその前提で接するようになった。

というあたりが最高だし、このあとサバイバル同居生活を2ヶ月半してるんだけど、手を繋ぐこともしてなさそうな雰囲気があってよい。

https://ncode.syosetu.com/n6388hp

腐れ縁元同級生

恋人になることを全力で拒否して友達でい続けるにはこれだけのエネルギーが要るって話。 二人とも恋愛経験があるので能動的にこの関係を維持してるわけね。 半同棲してて将来的には結婚するであろうことが示唆されている。

#腐れ縁元同級生 - かぱたろーのイラスト - pixiv

井桁本再々読

今年の合気道クラスでいろいろ用語が整理されてきたので「甦る古伝武術の術理―井桁崩しーその誕生と展開」をまた読んでみた。

以下は現時点での解釈。

金槌で釘を打つときは釘の方向に合わせて打つ。仮に釘を打つ直前に手首を曲げたとしたら力の方向が変わってしまってちゃんと釘が打てない。これは「金槌が回ってしまった」と表現してもよさそうだ。

約束稽古で合気道的な技をかけるときも場面場面で力を出したい方向がある。ところが自分が出したい力の方向と実際に出てる力の方向がズレることがよくある。特に最初は力の方向が一致してても、手を前に出すとか一歩前に出るとかの動作の中で徐々に方向がズレていってしまう。これを「回る」と表現する。あるいは「回す」という。

そのときの体勢について考えると、その場面で必要とされる体勢から何かがズレている。例えば腰の向きと肩の向きが、その場面で必要とされる揃い方になっていない。これを胴体が「捻れる」と表現する。あるいは胴体を「捻る」ともいう。

胴体が捻れる原因は例えば手を前に出すときにつられて肩も前に出てしまうとか、一歩前に出るときに腰の向きが足につられて肩と揃わなくなってしまうとかなのだがこれらを「癒着」と表現する。

捻ることの機能的な側面に注目して「うねる」や「溜める」とも表現する。

というのが問題意識。力を出す方向をわかってないから技がかからないみたいな話は対象外。

力の方向を動作の最初からズラさない、言い換えると体勢をキープするための手段が「胸を降ろす」「背中を降ろす」「軸を立てる」等々の動作である。ただし動作の具体的な説明は書いてないし、それらの練習方法もあまり書いてない。

技をかける動作と体勢をキープする動作はある程度独立して制御する必要があるが、これを「体を割る」と表現する。

といった感じになるのではないかと。この解釈を本だけから読み取るのはほぼ不可能だと思う。今回は甲野先生が稽古会で言ってたことや合気道クラスで習ったことをベースにして解釈した。

杖術、特に影踏み

僕が機縁会という稽古会で習った杖術の話。 主なルーツは甲野善紀先生の杖術なのだけど、そこにいろいろ足して全体的には中国武術や空手の型っぽくまとめようとしたものであるらしい。 ここでいう中国武術や空手らしさというのは一人で練習するときの動作と相手をつけて練習するときの動作が異なり、相手をつけたときには複数のパターンがあるという性質を指している。 (中国武術は例えばこんな感じらしい)

例えば「影踏み」という型は右手右足前で上を突いたあと、左手左足前で下を突く技なのだけど、一人で練習するときには無抵抗で立ってるだけの相手の顔を突いたあと脚を突く想定であるらしい。 それを関節の可動域の限界まで動かしてトレーニングしようという意図がある。 相手をつけて練習するときは中段に構えた刀の横を突くから払ってねというところまで手順にしておき、刀で払う動き(小さい)と杖で2回目を突く動き(大きい)が揃うくらい身軽に動けるかを見るようだ。 他にも1回目の突きをフェイントにして2回目で確実に突く手順などがある。 どうもそういうものであるらしいというのが、習っているときはあんまりよくわかってなかったのだけども他のいろいろなものと比較していくことで推測できてきた。 (この辺は甲野先生バージョンからあるものと機縁会バージョンで入ったものがあるようで、少なくとも可動域の限界まで動かしてトレーニングというのは機縁会バージョンのようだ)

影踏みは前述のように前方向に2回突く動きなのだが、別の見方をすれば右側を突いて左側を突く動きに体の方向転換を加えると同じ方向を2回突けるでしょという構造をしている。 そこに速やかに連続攻撃ができるようにいろんなコツを加えていく。

右手側で突いたときには左手が杖の端、右手が中央よりちょっと手前にある。 左手側で突くときにはこれが逆になっていてほしいので、まず左手で杖を持って右手を滑らせて杖の端まで移動、次に右手で杖を持って左手を滑らせて中央よりちょっと手前まで移動、両手で杖を持ってちょこっと突く。 1回目も2回目も突くときは前側の膝が杖と同じ方向を向いていて、膝を曲げる動きで胴体がちょっと回転しつつ前に出て、杖で突く動きに上乗せされる。 というあたりが基本的な構成になると思う。

機縁会の場合は(甲野先生の系統でもよそは違うかも)右手を滑らせるときの定位置があって、右肘が下を向いて右手が肩の正面にあるという制限になっている。 右手を高く上げたり胴体の外側まで引いたりすれば杖の端まで移動するのも容易なのだが、そのあと突く動作に移るのが遅くなるから肩のところで止めておこうという意図らしい。 右手の動きに制約があるから杖を左手で十分に引き出してやらないといけない。 左手で思いっきり引き出すには体ごと回転してお腹が右側を向くくらいにしないと足りない。 ところがそこまで回転すると左膝も右を向くくらいになってしまい、突くときに左膝が前を向いていてほしいという条件を満たさなくなってしまう。 またそこまで回転したとしてもちょっと姿勢が苦しい (久しぶりにこの動作を試したことで腰痛・坐骨神経痛が再発してしまったかもしれない)。

これに関しては

  • 前の膝が前を向いたり突くのに合わせて曲がったりするのは機縁会とは別の元ネタがあるのだけど、会では特に習った記憶がないから、膝が横を向いていても気にしないことにする (実際動画では膝を曲げる動作は入ってない)
  • 左手で引き出す動作を小刻みにして長さをかせぐ (動画ではたぶんそうやってる)

という解決策?があるにはあった。 これは会で質問したけど「無意識にやってるからよくわからない」というのが回答で、毎回のように質問するから都度「こうかもしれない」というのはあったけどもよくわからなかった。

が、最近は無意識にできるようになってきたので観察してみたら、両手を同時に滑らせているようだった。 これなら腕の長さが足りなくても十分に移動距離が稼げる (重さや表面の摩擦感がわかっているマイ杖じゃないとたぶんできない)。 確かに何回か質問したときの回答には「杖を投げているかもしれない」というのもあったけども、中国武術の型のように手順を追ってキッチリ練習するとか、関節の可動域の限界まで使ってトレーニングするとかの前提があるから、これは予想外で何年も変な方向で試行錯誤していたのだった。

その試行錯誤が腰痛・坐骨神経痛の原因になってる可能性があるのが恐いところだ。 思うに型で関節の可動域の限界まで動かしてトレーニングしようというのは中国武術や空手のように何十年何百年とやってきて安全が確保できているものはいいが、まだ整備途中だった杖術の型でやるのはちょっとリスクが高いのではないか。 坐骨神経痛という点では胴体が横を向きすぎることによって股関節が可動域の限界まで回り、これがどうも悪影響がありそうな気がする。

成宗一丁目にあった商店街

天沼の鎌倉古道」を書くきっかけは住宅街の中に現れる成宗商店街(仮称)が昔から人通りの多いところに生まれたのではないかという興味からだった。 人通りの多い少ないはわからないのだが、順番としてはやや東にある昭成会商店街が先にでき始めたように思える。

成宗一丁目睦會(1937年/昭和12年)「杉並區成宗一丁目在住者名簿」という資料が杉並区立中央図書館にあり、付録の案内図を見ると当時のお店がどうなっていたのかがわかってきた。 ただしスポンサー料を払わなければ地図に載せないということもあるかもしれない。 特に成宗一丁目の範囲外のお店については、スポンサー料を払ったところだけ載せているかもしれない(青梅街道の成宗側と阿佐ヶ谷側でお店の数が全然違うため)。

当時からあるお店で最近まで残っていたものは「成宗湯」などいくつかあるのだが、残念ながら全て閉店してしまったようだ。 両商店街とも杉並区商店街マップにも載っていない。

さて当時の商店街だが青梅街道沿いにお店が密集しているのは当然として(ここは新成会商店街になる)、住宅街の内側をみると昭成会商店街の原形のようなものが豆腐屋、酒屋、人力車、菓子店という並びであり、向かいにはタバコ店がある(このメンバーのうち酒屋は最近まで辛うじて看板が残っていたが閉店してしまった)。 その道路の延長上で成宗湯の近くにタバコ屋、米屋、ソバ屋がある。

成宗商店街になる部分には1つのお店も載っていない。 通りの西側が西田町ということもあるかもしれないが、成宗側にもお店がない。

なぜこうなっているのか。 これは地形を見れば一目瞭然で、当時はまだ荻窪団地阿佐ヶ谷住宅もできておらず、その場所は善福寺川沿いの水田だったからだと思う。 成宗一丁目周辺というのは青梅街道から南側の高台エリアだけを宅地化した状態なので、この住宅地を東西に等分する道が昭成会商店街になるのだ。 成宗商店街は当時の住宅地の西の端に近い位置にあるためお店がなかったのだろう。

逆に西田商店街荻窪団地前の商店街(杉並区商店街マップでは西田商店街の一部)のように、成宗商店街も荻窪団地やその周辺の住宅地に向けて生まれたのではないかと考えてもいいのではないだろうか。 土地の高低差があるので感覚的には成宗商店街と荻窪団地は別のエリアのように思えるのだが、単純に距離として考えると近い。

なお阿佐ヶ谷住宅のすぐ近くには商店街がないように見えるが、少し歩けば成田商店会杉成商店会といった五日市街道沿いの商店街がある。あるいは青梅街道に出るのだろうか。

話を戦前に戻す。 成宗一丁目周辺の住宅地を東西に等分する昭成会商店街の道をそのまま進むと、のちに杉並高校になる場所に出る。 当時はまだ水田である。 鎌倉街道の尾崎神社~須賀神社の旧ルート(杉並高校の敷地内を通る)が近い位置にはあるが、昭成会商店街の道の道はここで終点となる。

ここに専修大学第5代総長今村力三郎の邸宅があった。 今村力三郎小伝|専修大学

今村は長き弁護士生活による、杉並に広大な屋敷と修善寺に温泉付きの別邸をもっていた。 このほとんどの土地を新制専修大学に寄付するという大胆な行動を行った。 今村は現在の地下鉄丸の内線、南阿佐ヶ谷荻窪の間あたりに広大な屋敷をもっていて、その敷地は1万平方メートルもあり、その中にはボートが浮かべられる程の池があったという。

と書かれており、場所は今村力三郞 (第8版) - 『人事興信録』データベースで「杉並町成宗五〇」と特定できる。 今は大きな低層マンションがある。 おそらく住宅地の南端なのでまだ開発が進んでおらず広い土地を一括で取得でき、戦後まで維持できていたので分割しないまま大きなマンションを建てることができたのだろう。 マンションは2003年にできたのだが、それまでは住友銀行の社宅だったようだ。 専修大学は土地を住友銀行に売って資金にしたのだろうか。

土地の広さとしては大田黒公園(大田黒元雄邸跡)と同規模のように見える。 荻外荘(近衛文麿邸)もおそらく当時の敷地としては同規模だったのではないか。

「ボートが浮かべられる程の池」というのは弁天池のことだ。 ボートを浮かべるためにわざわざ池を掘ったようにも読めてしまうが、弁天池は元からあったもので、むしろ半分に埋め立てたのだそうだ(森泰樹(1987年)「杉並風土記中巻」)。 天沼弁天池公園を思い出したが、こちらの池は西武ゴルフ研修所(という名前の邸宅)時代に掘り直されたものだろうか。

天沼の鎌倉古道

杉並区の鎌倉街道の謎」を書いていて思い出したのだが成宗城跡の近所には住宅街の中に商店街が現れるので、もしかすると昔から人の往来が多かったのかもしれないと思って調べてみた。

といった記事があり、練馬方面~旧早稲田通り下井草天沼熊野神社日大二高文大杉並高校成宗公園~この商店街~成宗城跡~田端神社五日市街道人見街道/甲州街道府中 という鎌倉古道のルートであるらしい。

成宗公園~商店街のルートにクランクのような曲がり角があり、まるで脇道に入るようになっているのだが、明治時代の地図にも載っていてどうやらこれが元々の道らしい。成宗村と田端村の境だったようで、現在でも成田東と荻窪の境になっている。大正時代の地図には直進する道も描かれているのでこの時期に追加されたのだろうか。

Twitterで鎌倉古道と地形の話が出ていたが、この文大杉並高校~田端神社のルートは善福寺川に向かって突出した高台(舌状台地?)になっており、川を渡るときの坂は急になりそうだけどもそれ以外の道は通りやすかったのかもしれない。

東京城址女子高生 1 (HARTA COMIX)」に成宗城跡と鎌倉街道須賀神社が登場しているが、こちらのルートについては話題になってなかった。 成宗さんが善福寺川の対岸に「鎌倉街道監視のために砦と柵を築いた」という伝承の鎌倉街道は現在の鎌倉街道とはルートが違うはずだし、作中では大宮八幡まで見渡すのは無理だろうという会話をしていたが、ここでいう鎌倉街道は文大杉並高校~田端神社のルートのことではないだろうか。

森泰樹(1987年)「杉並風土記中巻」にこのテーマにぴったりの地図があったので引用する。

乗潴駅関係古道(杉並風土記中巻pp.396-397)

ただしこの地図は乗潴駅という古代の駅が練馬にあったのか天沼にあったのかというテーマのための地図であることに注意。 「鎌倉みち」として今回の天沼ルート、前回のパールセンタールートがあり、「下総往還」として中野追分ルートが描かれている。

大宮八幡甲州街道ルートは描かれていない。 旧高井戸村などを扱う下巻を確認したが、大宮八幡~甲州街道ルートには触れられていない。 地図には鎌倉橋や現鎌倉街道は描かれているのだが、本文には記述が見当たらなかった。 鎌倉街道として紹介されているのは人見街道のことで、武士は府中で集合してから鎌倉に向かったとされている。 なお旧人見街道は大宮八幡方面には向かわず上高井戸で旧甲州街道に合流していたというので今の下本宿通りのことか。

昔から人通りが多かったから商店街ができたのかという疑問は「成宗一丁目にあった商店街」で考える。

杉並区の鎌倉街道の謎

古地図と地形図で発見!鎌倉街道伝承を歩く」に杉並区の鎌倉街道のことが書かれていると知ったので読んでみた。 ここでいう鎌倉街道とは 甲州街道塚山公園/鎌倉橋~浜田山五日市街道熊野神社須賀神社 のルートである。 ここはいろいろ謎で「江戸時代から鎌倉街道と呼ばれていたが、鎌倉時代鎌倉街道ではないらしい」という程度の認識だったのだが、どうもそれどころではないらしいのだった。

まず甲州街道以南の鎌倉に至る道なのだが、これは江戸時代には失われてしまったという(武蔵名勝図会)。 以前ここを通って鎌倉まで(行けるところまで)行ってみようと思ったことがあるのだが、そもそも無理だったようだ。

そして武蔵名勝図会に書かれている江戸時代の鎌倉街道は現在とは異なり 甲州街道~鎌倉橋~大宮八幡~中野追分(新中野のあたりか)~板橋 なのだという。 また 大宮八幡~梅里中央公園すずらん通りパールセンター松山通り(旧中杉通り)~中杉通り豊島園~板橋 というルートもあるらしい(この本に書かれているのは豊島園まで)。 鎌倉橋~五日市街道ルートは大正から昭和初期に作られたものだという。 (ちなみに大宮八幡の一帯は弥生時代からの聖地なのだという。これには一番びっくりした)

ところが杉並区の郷土史研究家、森泰樹先生の杉並風土記シリーズをみると大宮八幡~中野追分ルートや大宮八幡~パールセンタールートは鎌倉古道と考えられているものの、甲州街道~大宮八幡ルートについての記述が見当たらない。 大宮八幡~人見街道府中鎌倉街道のルートとしている。 (詳しくは「天沼の鎌倉古道」にて)

現在「鎌倉街道」と呼ばれている道は甲州街道~鎌倉橋の部分も鎌倉橋~須賀神社の部分も、どうもスッキリとしないのだった。

公共料金をどのカードで支払うべきか

公共料金をどのカードで支払うべきかの検討メモ。 マリオットアメックス(を含むアメックスのプロパー・準プロパーカード)は公共料金のポイント還元率が通常の半分になるのでもったいないのです。 マリオットアメックスで150万円/年支払わなければならないので公共料金以外でノルマ達成できると仮定した場合ですが。 公共料金を3万円/月としています。36万円/年になるから150万円/年へのインパクトの方が大きそうなんですよね。

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